コラム

 公開日: 2012-07-07  最終更新日: 2012-08-15

交通事故 56 任意保険② 人身傷害保険(人身傷害条項)

1 知らなきゃ損する保険
人身傷害保険は、平成10年の保険自由化の後、開発され、ほとんどの自動車保険に付保されている、すぐれた保険商品である。
すなわち、交通事故の被害者が、加害者に対して、損害賠償請求訴訟を起こした場合で、被害者にも過失ありとされると、総損害額から、被害者の過失割合分が、差し引かれる。
例えば、被害者に1億円の損害があり、被害者に2割の過失があるとされると、被害者から加害者に対しては、1億円×(1-0.2)=8000万円しか損害賠償の請求が出来ないことになるが、このとき、この保険に入っておれば、保険会社より、総損害額と過失相殺後の損害賠償額との差額である2000万円が被害者に支払われるのである。
その結果、被害者に生じた損害1億円は、全額、支払ってもらえることになる。
要は、被害者が過失相殺によって減額される損失分を補てんするのが、この保険の1つの特徴なのである。

2 他の特徴
この保険による補てんを受け得るのは、被保険者だけでなく、その配偶者(内縁を含む)や同居の親族、同居していない未婚の子等にまで広い範囲に及んでいるだけでなく、被保険自動車以外の車両に乗車していた場合の事故や歩行中の事故、自転車搭乗中の自動車事故、自損事故にも適用があるので、補償の範囲は実に広い。

3 注意を要するのは、訴訟を起こさなければ、このメリットは享受できないこと
訴訟を起こさない場合は、この人身傷害保険によって支払われる保険金は、保険会社の基準によって計算された金額になるので、裁判基準による金額より低くなる。
最判平24.2.20は、人身傷害保険は、被保険者に過失があるときでも,過失相殺前の「裁判基準損害額」及び、事故日からの遅延損害金が確保できるようになっている保険である旨判示した。

 説例⑴ ここで、具体例を出す。
前提を、
① 裁判例が認定した総損害額 1億円
② 過失相殺 20%(したがって、過失相殺後の損害賠償請求権は8000万円)
③ 人身傷害保険の支払可能額 1億円
④ 人身傷害補償保険の基準による総損害額(要は、保険会社基準額) 7000万円
とした場合、
被害者は、加害者から、8000万円(総損害額から過失相殺分を差し引いた金額)の支払を受けた後、保険会社から人身傷害保険より2000万円の支払を受けることができる。
要は、加害者に対する損害賠償の請求が、自身の過失20%が相殺されて、本来の損害額の80%しか認められなかったことによる、補てんされない金額分2000万円が、この保険によって、支払われるのである。

上記の金額は、被害者が加害者に対し訴訟を起こしたことにより、裁判基準で損害額が認定されたことによる金額であるが、被害者が訴訟を起こさなかったときは、どうなるか?
その場合は、被害者の総損害額は、保険会社基準の7000万円になり、保険会社から7000万円が支払われるだけになり、裁判基準より3000万円低くなる。

4 被害者は、人身傷害保険の支払を受けた後でも、加害者に対し訴訟を起こすことは出来る
説例⑴で、被害者(人身傷害保険の被保険者)が、保険会社より、人身傷害保険金7000万円の支払を受け得ることは前述のとおりである(この場合、保険による支払可能額は1億円であっても、保険会社基準による総損害額が7000万円であれば、被保険者は7000万円しか支払を受けることは出来ない)が、被害者は、加害者に対し、裁判基準による損害賠償の請求訴訟を起こすことは出来る。そして、裁判基準で、被害者の総損害額が1億円と認定され、被害者の過失が2割であるとされると、被害者は加害者に対し、8000万円の請求ができる。しかし、被害者はすでに保険会社より人身傷害保険7000万円の支払を受けているので、加害者から8000万円の支払を受けると、7000万円+8000万円=1億5000万円の支払を受けることになるので、これは裁判基準の1億円を超えることになる。この場合は、その超える部分は、被害者の保険会社に移転することになる(最判平24.2.20・訴訟差額説)。
これを整理すると
① 裁判所が認定した総損害額 1億円
② 過失相殺 20%(したがって、過失相殺後の損害賠償請求権は8000万円)
③ 人身傷害保険の支払可能額 1億円
④ 人身傷害保険の基準による総損害額(要は、保険会社基準額) 7000万円
であるが、
⑤ 被害者は、最初に、人身傷害保険より7000万円の支払を受けたとすると、
⑥ 被害者は、総損害額1億円の残り3000万円を加害者に請求できることになる。
⑦ その場合、加害者は、被害者に3000万円を支払っても、もともとの損害賠償債務は8000万円なので、残りの債務は5000万円あり、これを被害者の保険会社に支払うことになる(被害者の保険会社が加害者に対し5000万円の権利を取得するのは、被害者と保険との保険約款・権利移転の約束による「代位請求権」として)。

以上、要するに、被害者は加害者に対し、訴訟を起こせば、判決より前に、先に自身の保険から先に人身傷害保険金の支払いを受けようが、加害者から損害賠償額の支払を受けた後で裁判基準による総損害額から損害賠償額を引いた差額の支払いを受けようが、結果として、過失相殺前の「裁判基準損害額」及び、事故日からの遅延損害金が確保できるようになっているのである。

この記事を書いたプロ

弁護士法人菊池綜合法律事務所 [ホームページ]

弁護士 菊池捷男

岡山県岡山市北区南方1-8-14 [地図]
TEL:086-231-3535

  • 問い合わせ

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

27

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
 
このプロの紹介記事
菊池綜合法律事務所|菊池捷男弁護士は数多くの民事裁判を手がけてきたエキスパート

法律事務所は決して敷居の高い場所ではありません。(1/3)

 事務所設立以来40年、「うそをつかない、ごまかさない」を信念に、離婚や相続など数多くの民事裁判を手がけてきた菊池捷男さん。現在事務所には菊池さんを筆頭に6人の弁護士が在籍し、民事から企業法務まであらゆる法律問題をサポートしています。 ...

菊池捷男プロに相談してみよう!

山陽新聞社 マイベストプロ

あらゆる法律問題に対処可能

事務所名 : 弁護士法人菊池綜合法律事務所
住所 : 岡山県岡山市北区南方1-8-14 [地図]
TEL : 086-231-3535

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

086-231-3535

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

菊池捷男(きくちとしお)

弁護士法人菊池綜合法律事務所

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる
プロのおすすめコラム
情報公開条例の誤解⑤ コピー代は全額請求するべし

Q 当市の公開条例には,公文書の開示の方法として写し(コピー)を交付する方法を採っており,コピー代として1...

[ 地方行政 ]

情報公開条例の誤解④ 権利がないことと,権利の乱用は違うこと

Q 住民からの公文書の開示請求に応じた後の,公文書の内容に対する質問に対しては,回答する義務のないことは分...

[ 地方行政 ]

情報公開条例の誤解③ 助言義務は説明義務に非ず

Q 当市の公開条例には,第3条 何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,当該実施機関の保有す...

[ 地方行政 ]

情報公開条例の誤解➁ 知る権利は,法と条例の制限内の権利なり

Q 情報の開示を請求した住民に,公文書のコピーを交付した後,当該住民から,住民には“知る権利”があるのだから...

[ 契約書 ]

情報公開条例の誤解① 説明義務はない

Q 私はA市の情報公開担当課の者ですが,次のような請求に困っています。アドバイスを御願いいたします。1...

[ 地方行政 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ