コラム

2016-09-08

認知症に罹患した人が事故を起こした場合の妻子の責任いかん(判例)

 最高裁判所第三小法廷平成28年3月1日判決は,認知症が進行し,責任を弁識する能力がなくなった者が,旅客鉄道会社の駅構内の線路に立ち入り,列車に衝突して死亡した事故により,列車に遅れが生ずるなどの損害が生じた場合,その妻子には,妻子というだけの理由では,民法709条又は714条に基づく損害賠償義務はないと判示し,妻子など親族に民法714条の責任が生ずる場合の要件を明確にしました。

 なお,民法709条とは,
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」という規定で,
民法714条というのは,
「・・・前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」という規定です。

前記最高裁判決は,
① 保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。
➁ 民法752条の,夫婦の同居,協力及び扶助の義務は,夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で・・・相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。
③ 同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず,他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
④ したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできない。
⑤ 別居中の長男を「監督する法定の義務を負う者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。
と判示し,同居の妻や別居の長男には責任はないと判示しました。

2 責任が認められる場合
そして,同最高裁判決は,
⑥ もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,・・・その者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,・・・同条1項が類推適用されると解すべきである。
⑦ その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。
⑧ 本件の場合,妻は別居の子らの了解を得て亡夫(認知症罹患者)の介護に当たっていたものの,本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており,亡夫の介護も別居の長男の妻の補助を受けて行っていたというのである。
⑨ そうすると,妻は,亡夫の第三者に対する加害行為を防止するために亡夫を監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず,その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
⑩ したがって,妻は,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
⑪ また,別居の長男は,亡父の介護に関する話合いに加わり,妻が亡父宅の近隣に住んで亡父宅に通いながら母による亡父の介護を補助していたものの,長男自身は20年以上も亡父と同居しておらず,本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末に亡父宅を訪ねていたにすぎないというのである。そうすると,長男は,亡父の第三者に対する加害行為を防止するために亡父を監督することが可能な状況にあったということはできず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
⑫ したがって,長男も,精神障害者である亡父の法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
と判示し,認知症の夫(父)が引き起こした事故につき,その妻や子の責任を否定しました。

この記事を書いたプロ

弁護士法人菊池綜合法律事務所 [ホームページ]

弁護士 菊池捷男

岡山県岡山市北区南方1-8-14 [地図]
TEL:086-231-3535

  • 問い合わせ

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

2

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
 
このプロの紹介記事
菊池綜合法律事務所|菊池捷男弁護士は数多くの民事裁判を手がけてきたエキスパート

法律事務所は決して敷居の高い場所ではありません。(1/3)

 事務所設立以来40年、「うそをつかない、ごまかさない」を信念に、離婚や相続など数多くの民事裁判を手がけてきた菊池捷男さん。現在事務所には菊池さんを筆頭に6人の弁護士が在籍し、民事から企業法務まであらゆる法律問題をサポートしています。 ...

菊池捷男プロに相談してみよう!

山陽新聞社 マイベストプロ

あらゆる法律問題に対処可能

事務所名 : 弁護士法人菊池綜合法律事務所
住所 : 岡山県岡山市北区南方1-8-14 [地図]
TEL : 086-231-3535

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

086-231-3535

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

菊池捷男(きくちとしお)

弁護士法人菊池綜合法律事務所

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる
プロのおすすめコラム
読みはあっても,公用文では書かない漢字の例

次の語は,一般の人が漢字で書いても,違和感を持たれないのではないかと思われますが,公用文では, → の右に書い...

[ 公用文用語 ]

「私達」か「私たち」か? 「友達」か「友だち」か?

正解は,「私たち」と「友達」です。「私たち」の「たち」は,「私ども」の「ども」と同様,接尾語です。接...

[ 公用文用語 ]

「~にも拘わらず」か,「~にも関わらず」か,「~にもかかわらず」か?

正解は「~にもかかわらず」です。これは,接続詞の「したがって」が,漢字で「従って」と書くのではなく,平仮...

[ 公用文用語 ]

読みが「そのほか」である語句を, 「その外」と書くか,「そのほか」と書くか?

公用文では,「そのほか」と書くのが正解になります。「その外」と書くと,「外」は当て字になるからであると考...

[ 公用文用語 ]

金融機関は遺言書とどう向き合うべきか?① 遺言書の形式

 預金者が亡くなり,その預金を相続し,又は遺贈を受けたという者が,遺言書を持って,金融機関の窓口に現れた場...

[ 相続相談 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ