コラム

 公開日: 2016-05-13 

遺産分割におけるトラブル 番外編③ ガス抜き

3 ガス抜きはガス抜きにならず,ガスを充満させて爆発の危険あり

 調停委員の中には,遺産分割の調停の席で,当事者である相続人に対し,相手方に対して言いたいことは,何でも言ってください,という勧めをする人が,結構な数いるように思えます。

 そのようなことをいう,調停委員に発言の意図を訊くと,言いたいことを言わせることが“ガス抜き”になるというのです。
“ガス抜き”という言葉は,それ自体,些か相続人を軽く見た物言いですが,言いたいことを言うことは,言う人にとっても,相手方にとっても,“ガス抜き”になるどころではありません。
時間を追うごとに,濃度を高めた毒ガス攻撃の応酬になるのが落ちなのです。

 遺産分割が成立するまでには,前段だけでも,遺産の確定,特別受益や特別受益の持戻し免除,寄与分など,確定すべきことが多数あり,後段でも,どの遺産を誰が取得するかなど遺産分割方法の確定を巡って,深刻な争いが起こる可能性があるのですが,その上に,“言いたいこと”を言わせることは,争いをより深刻にすることになるのです。

私が調停委員をしたときの例ですが,三期日にわたって,相手方(兄)が申立人(妹)を罵るがごとく,調停委員に向かって気を吐いていた調停事件がありました。私は,調停委員の一人の後任になって,四期日目にはじめて相手方(兄)と顔を合わせたことがありました。
その調停の席でのこと,

相手方(兄)
「今度の調停委員さんは,私の話を聴くのははじめてですね。それなら,私は,最初からお話ししますので,よく聴いてくださいよ。」
調停委員(私)
「いいえ。あなたのお話しはお聴きしませんよ。これまで三期日にわたってあなたがお話しされたことの概略は,私も間接に聴いています。しかしながら,その話は,あなたの相続分を増やす理由にも,減らす理由にもなりませんのでね。あなたの相続分が増え,申立人(妹)の相続分が少なくなる話ならお聴きしますが,それ以外のお話しは,お聴きしても,意味がないからです。」

相手方(兄)
「・・・(びっくりしたような表情をみせながら)・・・」

調停委員(私)
「無論,あなたの妹さんからも,それに関連したお話しをお聴きすることはありません。」

相手方(兄)
「・・・・・分かりました。では,妹からの提案の遺産分割案で結構です。」

このような経緯から,その日のうちに,遺産分割の調停が成立したという経験を持っています。

私たち人間は,“理”と“情”の世界に生きている動物です。
“情”を誘えば,“情”が激すこと,自明の動物です。
しかしながら,“理”に訴えれば“理”で応える理性の人でもあるのです。
“言いたいことを言わせるのが,ガス抜きになる”という思想は,どこか人間理解に欠けた発想のようにしか思えません。

4 調停委員の課題
 私は,つねづね,調停委員さんは,遺産分割にはつながらない感情論は,“言わせない”“聴かない”“相手方に伝えない”という態度を持して,申立人にも,相手方にも,そのことを明確に伝え,また,自らも厳守するという態度をとるべきだと思っています。
 調停委員さんが,そのような態度をとれば,今の遺産分割の調停の遅れは相当程度減るであろうと考えているのです。
 遺産分割の調停に出席する相続人を,“情の勝った人間”と断ずるのではなく,“理に優れた人間”と考えるべきだと思うのです。

5 相続人の代理人になる弁護士の課題
 事のついでにですが,それと,相続人の代理人になって,遺産分割の調停に出席する弁護士自身,法律を無視した遺産分割の要求や,遺産分割にはつながらない依頼者の感情的な要求は“しない。できない。勧めない。”という自覚を持ち,依頼者を十分納得させて,調停の席に臨むべきであろうと思っています。

 これができれば,今の遺産分割の調停にかかっている時間は,半減するのではないかと考えているところです。
 弁護士が,上記のような自覚を持てば,当然,調停委員さんも調停を進める進め方がずいぶん楽になるだろうと思われます。

この記事を書いたプロ

弁護士法人菊池綜合法律事務所 [ホームページ]

弁護士 菊池捷男

岡山県岡山市北区南方1-8-14 [地図]
TEL:086-231-3535

  • 問い合わせ

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

2

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
 
このプロの紹介記事
菊池綜合法律事務所|菊池捷男弁護士は数多くの民事裁判を手がけてきたエキスパート

法律事務所は決して敷居の高い場所ではありません。(1/3)

 事務所設立以来40年、「うそをつかない、ごまかさない」を信念に、離婚や相続など数多くの民事裁判を手がけてきた菊池捷男さん。現在事務所には菊池さんを筆頭に6人の弁護士が在籍し、民事から企業法務まであらゆる法律問題をサポートしています。 ...

菊池捷男プロに相談してみよう!

山陽新聞社 マイベストプロ

あらゆる法律問題に対処可能

事務所名 : 弁護士法人菊池綜合法律事務所
住所 : 岡山県岡山市北区南方1-8-14 [地図]
TEL : 086-231-3535

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

086-231-3535

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

菊池捷男(きくちとしお)

弁護士法人菊池綜合法律事務所

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる
プロのおすすめコラム
遺留分減殺請求事件と相続税の処理

1 遺留分減殺請求をして,相続財産の一部の返還又は価額弁償金の支払を受けた遺留分権利者甲の場合これによっ...

[ 相続相談 ]

情報公開条例の誤解⑤ コピー代は全額請求するべし

Q 当市の公開条例には,公文書の開示の方法として写し(コピー)を交付する方法を採っており,コピー代として1...

[ 地方行政 ]

情報公開条例の誤解④ 権利がないことと,権利の乱用は違うこと

Q 住民からの公文書の開示請求に応じた後の,公文書の内容に対する質問に対しては,回答する義務のないことは分...

[ 地方行政 ]

情報公開条例の誤解③ 助言義務は説明義務に非ず

Q 当市の公開条例には,第3条 何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,当該実施機関の保有す...

[ 地方行政 ]

情報公開条例の誤解➁ 知る権利は,法と条例の制限内の権利なり

Q 情報の開示を請求した住民に,公文書のコピーを交付した後,当該住民から,住民には“知る権利”があるのだから...

[ 契約書 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ