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コラム
公開日: 2016-01-13
A氏再訪① 債務の相続人
年初最初のお客様であったA氏が,再度,当事務所に来られまして,
Q 長男は,経済力がないので,私の所有している,家賃収入が得られるマンションを相続させたいと思います。しかし,マンションを建築した時に借りた銀行債務が残っているので,その債務を長男が支払うことになることを考えると,決心がつかないのです。なにか良い方法はありませんか?
との質問がありました。
そこで,私,
A マンション建築時の銀行ローン債務は,マンションの相続人が引き継ぐのではありません。債務は,全相続人が,原則として,法定相続分で承継するのですよ。
と答えましたところ,
A氏は,え!と驚きの声を発したものです。
【債務の相続人は全相続人】
債務は,全相続人が相続するのが原則です。
マンションを建築したときに借りたものであっても,また,マンションに抵当権が設定されていても,要は,債務の発生の原因いかんにかかわらず,全相続人が承継するのです。
ですから,遺言者といえども,債務を,特定の相続人に負わせる遺言書を書くことはできません。
「私は,債務を長男に相続させる。」と書いた遺言は,無効になるのです。
【債務の相続割合は,法定相続分が原則】
遺言書がない場合は,債務は,全相続人が法定相続分で相続します(民法899条)。
【例外】
遺言書によって相続分が指定されている場合は,債務は,全相続人が,その指定相続分で相続することになります(民法899条)。
【指定相続分の意味①】
「私は,遺産を妻に1/3,長男に1/3,次男に1/3の割合で相続させる。」と書いた遺言書は,相続分を指定した遺言書ですから,債務は,この指定相続分の割合で,妻と長男と長女が相続するのです。
【指定相続分の意味➁】
「私は妻には全不動産を,長男には全銀行預金を,長女にはその余の財産を相続させる。」と書いた遺言書は,遺産の分割の方法を定めた遺言書になりますが,この遺言書は,同時に,妻が全不動産/全遺産,長男が全銀行預金/全遺産,長女がその余に財産/全遺産の割合で,相続分を指定した遺言書になりますので,ここに指定された相続人は,指定相続分で,債務を相続することになります。
このような,遺産の分割の方法を定めた遺言は,同時に,相続分の指定遺言になるというのは,債務は,財産を貰った割合で負担する,という考えによるものです(東京高裁昭和45.3.30判決ほか)。
【債権者は,各相続人に指定相続分でも法定相続分でも選択して行使することができる】
最高裁判所平成21年3月24日判決は,
「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。もっとも,上記遺言による相続債務についての相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。」と判示しているところです。
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事務所設立以来40年、「うそをつかない、ごまかさない」を信念に、離婚や相続など数多くの民事裁判を手がけてきた菊池捷男さん。現在事務所には菊池さんを筆頭に6人の弁護士が在籍し、民事から企業法務まであらゆる法律問題をサポートしています。 ...
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